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サッカーU23日本代表 手倉森 誠監督 実はギャンブラーでダジャレ好きだった?!

   

今回は、先ほどアジアのオリンピック代表権を見事勝ち取ったサッカーU-23日本代表の監督である手倉森 誠(てぐらもり まこと)監督についてです。

とてもユニークな監督さんなようですね。

手倉森監督さん

手倉森監督さん

 

ちなみに双子の兄弟である弟さん(浩さん)もサッカーの指導者をされていらっしゃいます。

手倉森兄弟

手倉森兄弟

経歴

pic02以下ウィキペディアより
手倉森 誠 (てぐらもり まこと)
生年月日 1967年11月14日(48歳)
出身地 青森県三戸郡五戸町
身長 172cm
体重 74kg

選手情報
ポジション MF
ユース
1983-1985 青森県立五戸高等学校
クラブ
1986-1992 住友金属/鹿島アントラーズ
1993-1995 NEC山形
代表歴
1986 日本ユース 1 (0)

監督歴
2008-2013 ベガルタ仙台
2014- 日本 U-21

指導者になった経緯

青森県立五戸高等学校3年時、第64回全国高等学校サッカー選手権大会に出場しベスト8に進出。
卒業後、日本サッカーリーグ2部の住友金属に入団。
1986年にユース日本代表に選出され、第25回アジアユース選手権大会1次予選に出場した。
なお、住友金属(1992年にプロ化して鹿島アントラーズ)には1992年まで在籍した。

鹿島から戦力外通告を受けた1992年暮れ、やけになって競馬場に足を運び、当時1200万円あった貯蓄を2日で使いきってしまう。
結果として無一文となっってしまった。
(このことを教訓に、以後ギャンブルはきっぱり止めたそうです)w

そして翌1993年にNEC山形サッカー部(現:モンテディオ山形)から依頼があり移籍するが、1995年に引退した。

また引退当時、山形の監督だった石崎信弘に勧められ同年指導者となり、
モンテディオ山形や大分トリニータのコーチを歴任した。

“ダジャレ好き”としてもめちゃ有名…

手倉森監督はダジャレ好きとしても有名で、試合後の監督の記者会見やコメントなどで毎度ダジャレを口にするとのことです。

以下、ダジャレ抜粋w

「博多の試合だけに『図った』ような得点だった」

(誕生日のケーキにかけて)「ACLに景気よく進出できればいい」

「就任“5季”目、『語気』を強めて優勝目指して頑張っていきたい」

「サッコーニだけど、『速攻に(ソッコーニ)』来られるかな」
(サッコーニとは新しい助っ人外国人プレーヤー)

(鹿児島実業OBについて)「鹿実だけにいい『果実』がたくさん実ってるよね」

(金鳥スタでのC大阪戦前に)「『緊張』しないようにしたい」

(DF角田の出場停止で)「角田を欠くんだ」

(怪我から復帰のMF梁について)「起用は『今日(きよう)』考えたい」

(仙台レディースの8得点で)「8点取ってチームが『発展』」

(浦和戦を前に)「浦和なだけに、裏技を使います」

いやー、それぞれ凄いコメントですね。
きっと取材する記者さんたちにも恒例になっているんでしょうね。

まったくの余談ですが、監督さんは「カンニングの竹山」さんに似ているとも評判になっていらっしゃいます。

手倉森監督と竹山さん

手倉森監督と竹山さん

 

pic05

 

今度はオリンピックでの活躍を期待しています。

頑張ってください!

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